とさでん交通伊野線の枡形駅の近くにある出雲大社の入口に、吉野朝廷(南北朝)時代古戦場跡の碑が立っています。南北朝時代、ここで北朝側と南朝側の激しい戦いがあったそうです。
出雲大社から南に50mほど行ったところに、馬場辰猪(たつい)先生誕生の地碑があります。この馬場辰猪という人も、慶應義塾で学んで自由民権運動に参加するなどして幕末から明治にかけて活躍した土佐藩の志士だそうです。
出雲大社から大通り沿いに西へ100mほど行くと、坂本龍馬誕生地があります。
この龍馬誕生地はやはり他の高知の偉人たちより石碑等がややグレードが上がっている感じで、案内板も分かりやすく、誕生地碑の前にはベンチまであります♪
石碑の「坂本龍馬誕生地」の字は吉田茂元首相が書いたそうです。
また龍馬誕生地の裏側には「龍馬郵便局」という郵便局があり、龍馬の銅像とポストがあります。この界隈は本当に龍馬だらけです♪
龍馬誕生地から更に西へ100mほど行くと、吉田茂ゆかりの城西館という旅館があります。
城西館の裏側には、「龍馬の生まれたまち記念館」があります。
龍馬の生まれたまち記念館から更に南へ200mほど行ったところに、「日根野道場」と書かれた小さな木の柱があります。
ここにあった日根野道場は、龍馬が14~19歳まで通った道場だそうです。
日根野道場は龍馬ゆかりの有名な史跡だと思いますが、その痕跡が分かるのはこの界隈では珍しくこの小さい柱しか見つかりませんでした(笑)
近藤長次郎邸跡
龍馬の生まれたまち記念館から西へ100mほど行ったところに、記念館にも銅像があった近藤長次郎邸跡があります。
近藤長次郎邸跡から更に西へ50mほど行ったところに、才谷屋という龍馬がコーヒーカップを持った看板の喫茶店があり(笑)、そこに「才谷屋跡」という石碑と説明版があります。才谷屋というのは龍馬の本家だそうで、ここで質屋をやっていたそうです。
城西館から大通りを隔てて北へ100mほど行ったところに、「獄洋社跡」「河野敏鎌誕生地」「婦人参政権発祥の地」の碑があります。
獄洋社というのは自由民権運動を行った結社の1つだそうで、また河野敏鎌という人は幕末の土佐藩士で明治以後は判事を務め文部大臣などを歴任した人物だそうです。また婦人参政権発祥の地というのは、明治11年の区会議員選挙で当選した楠瀬喜多という女性が全国で初めて婦人参政権を要求し、町会の規則に規定されたことに由来するそうです。
とさでん交通伊野線のグランド通駅の交差点から北へ50mほど行った4つ角に、福岡孝第(たかちか)先生誕生の地碑が立っています。この人も幕末の土佐藩士で、明治以後は龍馬の船中八策をもとにしたと言われる五か条の御誓文を起草し、その後も政治家として元老院議官などのポストを歴任したそうです。
大高坂松王丸の碑
高知市役所の県庁大通り側に、大高坂松王丸の碑があります。この大高坂松王丸という変わった名前の人は南北朝の戦い時の南朝側の武将で、当時この界隈にあった大高坂城の城主だったそうで、ここに松王丸を祀った大高坂神社があったそうです。