この近辺にある真田山に大坂冬の陣の際に真田幸村が気付いた大阪城の出城・真田丸が置かれ、その抜け穴がこの三光神社に伝わっています。
神社内にある真田の抜け穴。抜け穴の入口にある扉には真田の家紋である六文銭が描かれています。ここの他、真田山の近辺にはこうした抜け穴がいくつかあるそうです。
その抜け穴の横に、真田幸村の銅像が立っています。真田幸村は豊臣方につき、大坂冬の陣で真田丸を築いて徳川軍を撃退、その半年後の夏の陣では敵の総大将である徳川家康にもう一歩のところまで迫るも敗れ、この大坂の地で最期を迎えました。
また三光神社の西側の敷地には、陸軍墓地が広がっています。